土人形は、もともとわが子の無病息災を祈願したり、ある時は子供の遊び相手になって、庶民の暮らしの中で親しまれてきました。
 戦時中は廃絶に近い状態にまでなった中野の土人形づくりですが、全国の愛好家に支えられて今も伝統の灯が守られています。
 現在中野で昔ながらの製作・技術を受け継ぐ人形師は、五代目奈良久雄氏と四代目西原邦男氏の二名だけです。奈良家は、江戸後期より90余種の型を用いて縁起物・子供物などを製作し、「中野人形」と呼ばれ、一方西原家は、明治35年頃より50余種の型を用い歌舞伎役者をモデルにした土人形を中心に製作し「立ケ花人形」と呼ばれています。

伝統の製作・技術を受け継いで

奈良久雄氏 西原邦男氏

ふぐ乗り大黒 這い子
踊り子 狆乗り
ねこつぐら 内裏雛
政岡 小野道風
立ち布袋 人麿
平 敦盛 熊谷次郎
八重垣姫