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設立の経緯もあり、記念館の資料で最も充実しているのが松高関連のもの。都会の喧噪を離れ、大自然に囲まれた松高では、他県出身の学生の比率が高く、後程登場いただく松崎先生によれば、昭和10年代では、ざっと1/3が長野県内、1/3が東京、残りの1/3が全国各地から、という内訳とのこと。入学の動機では、アルプスに登りたい、動植物の研究をしたいという人が多かったという。【写真は復元模型】 | |
大正時代に設立されたこともあって、どちらかというと、モダンでスマートであろうとした学生が多かったようだ。エスタブリッシュメントへの道が明確に見えていた明治期のような高踏的な雰囲気はやや薄い。設立順でいえば、8校あったナンバースクールに次ぐ地名高。その内で一番最初にできたという意識が、校章に込められているという。 写真にあるように、「高」の字を囲む円周が9分割されている。ちなみにスクールカラーは「萌黄色」。 | |
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