鴻山が揮毫した幟は確認されているもので34対ほどあり、鴻山がいかに地域の人々から信望を集めていたかがわかる。
 年代が明らかなものは明治9年から明治14年までで、71歳から76歳の最晩年に当たる。
 この時期鴻山は、東京、ついで長野に塾を開いて教育者として生涯の最期の火を燃やした。
 揮毫した最大の幟は福島村(現須坂市福島町)天神社の15反幟で大きさは22.50m×4.00mの巨大なものである。
 展示してある幟は永江神社(下水内郡豊田村)の7反幟で74歳とは思えない力強い筆勢である。

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高井鴻山
北斎と鴻山