天保13年(1842年)秋、葛飾北斎は83歳のとき初めて小布施を訪れた。鴻山はアトリエ (へきいけん)を建て厚遇した。その後も90歳で亡くなるまで再三来訪し、世界的名画の数々を小布施に残すことになった。
鴻山は、「北斎の絵は真に迫っている。否、迫るというのは真との間にまだへだたりがある。では真そのものというべきだろうか。・・・北斎の絵は言葉でいい現せない。強いて言えば北斎の絵は“絵である”というよりほかはない」と、卓抜した画人であることを見抜いて、全面的な支援を惜しまなかった。
また、鴻山の絵は北斎の手本、あるいは原図によって描かれることも多かった。その代表作に「象と唐人図(四曲屏風極彩色)」がある。 |