教育者としての象山


●天保7年,藩命により御城月次講釈助となった。12月に教授になり、自宅においても門弟多く 文武の道を教授した。学童規則,学政策を藩老矢沢監物に上書した。

●29歳の天保10年,神田阿玉ケ池に象山書院を開き,多くの門弟を指導。

●40歳の嘉永3年(1850年),江戸にでて海船書屋を開く。勝海舟・坂本龍馬が入門し、 その後吉田松陰・松本左内・小林炳文等が門弟になる。主として経学と砲学を教授し,これに併せて フランス式歩兵操典によって調練を試みた。他藩からも招かれて洋式大砲の指導や築塁の方法等を講義した。