ふう  が  しゃ
風 雅 舎

−宿泊した文人らの言葉や色紙を展示−



「諏訪には京都以上の文化がある。下諏訪には鎌倉に似た路地がある。」(小林秀雄)
−諏訪郡下諏訪町の下諏訪温泉街の一角に、文人や芸術家、芸能人らの、含蓄ある言葉や色紙を展示した土蔵風の建物がある。「風雅舎」と名付けられた建物を建てたのは、諏訪大社秋宮近くで 「みなとや旅館」を経営している小口惣三郎さん。
 
言葉は全国から集めたのではなく、かつて自分の旅館に宿泊した人たちが残していってくれたものばかり。「コレクションの展示ではなく、展示です。見る人、読む人それぞれが、自分なりに解釈、考えてもらえる資料となれば・・・」と小口さんは言う。
展示されている人たちは、小説家里見とん、田辺聖子、文学者白洲正子、洋画家岡本太郎、俳優小沢昭一、宇野重吉、エッセイスト永六輔ら。いずれも、旅館の前か部屋、付近の史跡あたりで撮った写真が添えられている。
 
文芸評論家小林秀雄の「諏訪には京都以上の・・・」の言葉は、昭和49年の御柱祭に来て泊まった時に残した物という。また、来るたびに色紙にしたためた画家谷内六郎の作品が十点ほど展示されている。田辺聖子や永六輔らの直筆の物もあるが、語り残した言葉は、書家でもある吉沢清・下諏訪町教育委員長が協力した。
風雅舎の見学は無料だが、立ち寄りたい人は、
前もって「みなとや旅館」(0266-27-8144)へ連絡してほしいという。

<代表展示>

小林秀雄さん【1902〜1983】評論家
「諏訪には京都以上の文化がある。
  下諏訪には鎌倉に似た路地がある。」
“批評の神様”とも呼ばれた文化勲章受賞者。生前、自分の全集を下諏訪町に寄贈しています。写真右は評論家の白洲正子さん。





「先人たちの歩んだ道には
  大変な歴史と文化が踏み固められている。
   特に街道の分かされには深い意義がある。」
“白樺派最後の文士”ともいわれた文化勲章受賞者。生前、自分の全集を下諏訪町に寄贈しています。写真は昭和49年の御柱祭で来町した際、横町木の下にあった綿の湯の前に建つ「甲州道中終点、中山道下諏訪宿問屋場趾」の分かされ碑の前で撮影。



岡本太郎さん【1911〜1996】洋画家
「パリのことは貴方にまかせるから
  下諏訪のことは私にまかせなさい。」
岡本さんが初めて下諏訪町を訪れたのは昭和49年。その際、春宮近くにあって、万治3年(1660年)の年号が刻まれた巨大な石仏を見て「こんな面白い、変わったものは見たことがない」と興奮。「すごい、すごい」を連発し、地元でほとんど注目されることがなかった石仏を全国に紹介した。岡本さんは、宿場町だった下諏訪の古い家並みや路地裏、温泉情緒も気に入り、病で動けなくなる3年ほど前まで30回以上も来町。昭和55年、61年の御柱祭にも参加した。



永六輔さん エッセイスト
諏訪湖に氷が張ると行きたい宿が「みなとや」。この宿で岡本太郎さんに偶然に二度も会っている。「御無沙汰しました」と言ったら「俺には過去がない」と言った言葉が忘れられない。