俳人・小林一茶は、文化13年(1816年)4月20日に当寺を訪れ、合戦を見て「やせ蛙まけるな一茶これにあり」と詠んだ。
病弱な初児・千太郎への命乞いの句であるが、一ヶ月たらずで死ぬ。
一茶54才の時。

 

 

寺の桜の花見時になると、裏庭の小さな池に、大人の手のひら大のひき蛙がいづくともなく集まって来る。めすが産卵するのをおすが手伝うのだがめすが少ないために、うばい合いとなって合戦となる。一年の内の約5日間、昼夜の別なく、約500匹の蛙が入り替りたち代り、くくみ声をあげての戦いは静かな山寺の春の風情でもある。