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小布施で偉業を遂げた名将福島正則
元亀天正年間の戦国武将福島正則公は豊臣秀吉の重臣として、賤ケ岳の七本槍や関ヶ原の合戦に勇名をはせ、広島城(49万8千石)の大大名になったが、幕府の謀略により元和5年この信越地方(4万5千石)に国替えさせられた。 失意の底にありながらも、領主となった正則公は、領内の改革に取り組み、新田開発などを施工。特に、松川の乱流を防ぐための「大夫の千両堤」は有名な話で、今もその一部は町の史跡として保存されている。在信6年。悲運をなげきつつ寛永元年(1624年)7月13日64才で薨じた。
霊廟には遺骨を埋葬し、高さ2.5mの大五輪塔を建立し、海福寺殿前三品相公翁正印大居士の戒名を刻む。遺品には、左遷状や太閤葬儀行列帳などの文書、観音像、大槍、馬具、日用の什物などがある。
福島正則肖像画(岩松院所蔵) |