太鼓門枡形
  松本城二の丸の正門・太鼓門枡形は、天守が築造された翌年の文禄4年(1595)頃に築かれたもので、一の門(櫓門)と二の門(高麗門)とからなり、その間に枡形が造られていました。
  その門台北石垣の上には、太鼓楼があり、そこには太鼓や半鐘が置かれ、時の太鼓を始め登城の合図など様々な合図が打ち鳴らされていました。
 太鼓門という呼び名は、このような大事な働きを持っていた太鼓楼に由来するもので明治4年に取り壊されて以来、約130年ぶりに甦ったのです

資料及び写真提供:松本市企画部広報国際課
総務部情報統計課
商工部観光温泉課
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