手毬の遊び方
 松本地方の手毬の用法(遊び方)は、二通りあったらしい。
女児の遊び道具として普通について遊ぶほかにもう一つ、正月や、桃の節句に飾ったりしたようだ。
 最初の方の遊び方としては、五、六才頃から十二、三才までの女児が手毬をついて遊んだ。当時のことを伝えてくれた人によると、「冬に手毬を作って貰うので、正月など、縁側や玄関先のぬれ縁に座って、ヒビを切らしながらつき、つくには相当力が要ったので、掌が赤くはれたそうである。」
  手毬はもともと、正月の女子の遊びで、まりつきが一年中の遊びとなったのは、明治も後半、特にゴムマリが普及した後のことである。
  しかも、手毬が、古くは女児に限らず、男子も交え、また、年長の女子の遊びでもあったことは、寛永・正保の頃の絵に、男女が二人ずつ互い違いに向かい合い、一つの毬をついている図があることからも知られる。 つくときには、跪いてついたり、立ってついたりしているが、手毬がもっぱら子供の遊びとなるに従って、立ってつくには力が要るのでかがんでつくようになったといわれる。
  さらに、手毬を「ついて」遊ぶのは、よく弾む木綿の毬が作られるようになってからのことで、それ以前には、空中へ交互に投げ揚げる「揚げ手毬」が行われていた。
 揚げ手毬は、小さめの手毬を二つ以上使って行われ、恐らくは、曲芸的な品玉つかいの影響も受けたものであったろうと言われる。 松本手毬の遊び方のなかで、手毬歌に合わせてついているうちに、ときどき上へ投げあげる動作のはいっているのは、やはり古くは揚げ手毬が行われたことの名残りだと思われる。
この歌は、明治の中頃から終りまで、松本地方の女児の間で歌われたものです。   手毬の上手な者は、一つの手毬歌が終わっても、歌をとめたり、初めへ戻ることをしないで、それに勝手に、  また、別の歌をつけていったので、歌の心持がわかりにくくなってしまった。しかも、子供の間で口うつしに  歌われていったので、言葉が崩れて意味のまったく取れない箇所も多ようです。
下記の手まり歌は、「松本市立博物館の学芸員」のかたからいただいた資料のものをそのまま載せたものです。
○夕ゥべ生まれた亀の子は  今朝早や起ォきて池のすま(隅?)

  まイけ)のこずまはみな散って  片はのもみじはいろにいる

  どおォん

  どん一さァまァどんどんどん   どん二ィさァまァどんどんどん

  どん三じさァまァどんどんどん  どん(し)ィさァまァどんどんどん

  どん五じさァまァどんどんどん  どん六さァまァどんどんどん

  どん七さァまァどんどんどん   どん八さァまァどんどんどん

  どん九じさァまァどんどんどん

  九じゃくまので  いかついておとして

  一さま  二ィさま  三じさま  四ィさま  五ォさま  六さま  七さま  八さま  九ゥさま

  九じゃくまので  いかついておとして親さァァんば  しいのもやしいものや

  これよりしいもの大しもの  (ちゆう)より中兵衛(ちゆうべえ)という人は  むゥすめ一人にむこ三人

  またもとめェたるさむらいは  おォれが死んだそのあと

  源内坊主にかつがせて  いたやの(あね)さんともをしよ

  かいやの(あね)さん膳すえしょ  あァとは野となれ山となれ

  行くさきゃ蓮華のはなとなれ また行くさァきはつぼみのや

  おしろのや  おんさまらァいの

  おんてにかかりて  いしゃさまいしゃおか

  一もんめェに手をたたけ  二ィもんめェに手をたたけ

  三もんめェに手をたたけ  四もんめェに手をたたけ

  五もんめェに手をたたけ  六もんめェに手をたたけ

  七もんめェに手をたたけ  八もんめェに手をたたけ

  九もんめェに手をたたけ  十もんめェに手をたたけ

  おや手をたたいて  おちょずのはてからお水がもォォる

  てんてん手ばたき  いしゃおか

  あんのォかえ  しょうしゃこうらい

  こけらの金やら  あれがしょうぶで手をたたく

  そら一つゥとせ

  正月えェ  正月え 羽根や羽子板でめをつくえェ  めをくつえ

  二月はえェ  二月はえ 二日の節句でめをくつえェ  めをつくえ

  三月えェ  三月え ひなや唐子でめをつくえェ  めをつくえ

  四月はえェ  四月はえ 甘茶貰いでめをつくえェ  めをつくえ

  五月はえェ  五月はえ よもぎしょうぶでめをつくえェ  めをつくえ

  六月えェ  六月え 舞台まつりでめをつくえェ  めをつくえ

  七月えェ  七月え 盆やおどりこでめをつくえェ  めをつくえ

  八月えェ  八月え 八朔まつりでめをつくえェ  めをつくえ

  九月はえェ  九月はえ 九日(くんち)の節句でめをつくえェ  めをつくえ

  十月えェ  十月え 柿や薬師でめをつくえェ  めをつくえ

  十一月えェ  十一月え 金山お客でめをつくえェ  めをつくえ

  十二月えェ  十二月え 節季師走で忙しやァ  忙しやァ

  まぁわりどおしゃ  みなどおしゃ      まぁわりどしゃのその中に、

  お十七八(じゆしちはち)なるしまの女郎 (じよろ)     下にはちんちん縮面で

  上には羽二重さいの帯  おォびは紫ぬいのひも

  やっおのせきだをふみこんで   ふみがたかえるもかえりにくし

  かみがたかえるもかえりにくし  ひととこふたとこよりましょ

              (中断)

  前(まァえ)の姿も見ておくれ  後(うしろ)の姿も見ておくれ

  まえの姿もよおござる  後の姿もよおござる

  ちィんとこずまに血がとんで  あらいやで洗えどまだおちぬ

  馬屋へほォせば馬がみる  牛屋へほォせば牛がみる

  馬屋と牛屋をさんざみた    きょうの(いィち)のまんなかで   あおえのさかずき手にもって

  一ぱいあがれやおしゃさま  二ィはいあがれやてんとかみさま

  おしゃァさま  てんとがみさま

  おォらのまわりのおさかなは  せェんべ・せんべ  からせんべ

  もォとがみや  はながみは     奥(おォく)の奥(おォく)の  じゃんじゃら箱(はァこ)へ

  つめこみ  おりこみ  おいたァなら

  隣の(あね)さんにぬすまれて  大腹立ちゃ小腹立ち

  そのよにお腹が立っならば 向ォィっ(い)て  まちりかり行ィっ(い)て

  隣ィ行ィっ(い)て  はたごかり行ィっ(い)て

  ちょきり  こっきり  からすは何処(どォこ) で打ゥたれた

  あずまかいどの  なぎの娘に打ゥたれた

  なぎの娘は  お茶を汲むとて  とんと落して  顔へもみじがちィやちゃ

  一つゥでは  ちくびくわえて  二つゥでは  ちくびはなして

  三つゥでは  親の腰もとはァなれた

  四つゥでは  よりこより(そ)め    五つゥでは  糸をより初め  

  六つゥでは  機を織り初め   七つゥでは  綾を錦を縮り初め  

  八つゥでは  米をっいたり粟をついたり  お手にお豆が(ここ)のォつ

  (ここ)のォつでは  嫁入りし初めて   十でとのごと寝ェ初めた

  十一で  玉のようなるおぼこもうけて   月に三度の大かぐら  おや(こオ)かぐら

  じんじろさまから  おいなりさまから  おふねがまァる  何といってまァる

  今日もしなよし  あしたもしなよし   

  こんにちこんばん隣のえべすこ(恵比須講)へ  よばれて行(い)たら

  おたいの吸い物  蒔絵のおわんに  きりえのお膳で  すすらすすらと

  一ぱい吸いましょ  二ィはい吸いましょ

  三ばい吸いましょ  四ィはい吸いましょ

  五はい吸いましょ  六ぱい吸いましょ

  八はい吸いましょ  九はい吸いましょ

  十ぱい吸いましょ  あんまり吸ったら  吸いきり吸いましょ   

  一 二 三 四 五 六 七 八 九 十(ひい ふう  みィ  よォ  いつ  むゥ  なな  やァ  ここ  とォ)

  向こうの赤かべづくしの  白かべづくしの  ごもんづくしの  

  ○○さんから  ○○さんまで  一かん  おんかせ申ォした  

  さぁ  おんかせ申ォした  

  おたいしめんのおとむすめ  年は十六  名はおたつ

  (なな)とこ(や)とこへ貰われて  どっちへくれよか思案なし

  源太郎さまからさきにきた  ささ源太にくれてやれ

  さぁさ仕度にはまりましょ

  ちんちん縮面・緋縮面  赤裏小袖も一重ね  白裏小袖も一重ね

  それほどもたせてやるからに   でてもくれない源太郎

  出してもよこさぬおふみどの

  一度のおふみに返事なし  二ィ度のおふみに返事なし

  三度のおふみに驚いて  高天原へとんでいって  草刈り子供に聞いたらば

  夕べおっかさん産をした    やれやれごもんのことかいな

  さしたる刀を杖につき  雨がふるやら 風が吹くやら

  とんと一かん  おんかせ申ォした

 ○ しょんしょん正月松飾り  すすぎかァざり  子供のよろこぶお正月

   人が年始に来なァがら  たばこぼん  お茶あがれ

   お茶あげするまも口きくな  口べにとられて恥かくな   

   裏(うウら)の細道とんででたら  ねこの嫁入り  いたちの仲取り   

   はっかねずみが  五升樽かっいで

   あっちいっちゃちょォろちょろ  こっちいっちゃちょォろちょろ  

   いま見えたか見えねか  ちょいとかァくした