| |
|
|
|
|
| |
 |
|
| |
|
|
| |
あめ市の起源 |
|
|
|
| |
あめ市の起源は、戦国時代がおわり、城下町松本の道筋が整えられた時、中世から市が開かれた「市辻」(現在の市役所周辺)から、本町と伊勢町の辻に「牛つなぎ石」が移されました。その30余年後に、同じ「市辻」から市神(えびす様)が移され、その市神(えびす様)を祭っていた宮村天神(深志神社)の神主が、1月11日にその辻で塩を売るのが恒例となり「塩市」が始まったとされています。
「塩市」は、江戸時代前期に、飴を売る露天が本町に軒を連ねたため、「飴市」と呼ばれるようになりました。幕末から明治以降は「初市」と呼ばれ、近年ふたたび「あめ市」と呼ばれるようになりました。
|
|
| |
|
|
| |
 |
牛つなぎ石
松本の本町の街角に「牛つなぎ石」と言われる石があります。これは、その昔、上杉謙信が牛の背に塩を乗せて松本の地まで運んできたおりに、牛をつないでおいた石だとされています。
|
|
|
| |
|
|
|
|
| |
あめ市の伝説 |
|
|
|
| |
戦国時代、武田信玄と上杉謙信が信濃国を舞台に戦った時、駿河国(現静岡県)の今川義元が武田氏への塩の供給を断ったため、この地方の人々は大変困りました。信玄は人道上これを無視できず、糸魚川経由で塩を送り、この塩が深志(現在の松本)へ、永禄12年(1569年)1月11日到着しました。これを記念して塩市がはじまり、いつしか"あめ市"になったといわれています。
|
|
| |
|
|
|
|
| |
江戸時代 |
|
|
|
| |
江戸時代のあめ市(初市)は1月10日の夜、市神様である「事代主命」(えびす様)を宮村天神(深志神社)から、本町2丁目に建てられる拝殿(仮宮)に遷座して、翌11日までお祀りし商売繁盛を祈り、初市立てが行われたあと、11日の夕刻に宮村天神へお納めするという祭礼でした。 |
|
| |
|
|
|
|
| |
市神祭之図 (宮沢辰彦氏所蔵) |
|
|
  |
|
|
天保6年(1835)に本町二丁目の商店主神田氏が江戸の絵師菅縉斎(かんしんさい)に依頼し描かせたものです。
この絵巻では、市神祭の中でも一番華やかな1月10日宵祭りの神輿渡御の場面を描いています。まず、本町一丁目の千両箱が行き、次に三丁目のおかめ様、四丁目の獅子頭、二丁目の神輿と続き、殿に五丁目の宝船がつづいています。
|
|
|
| |
|
|
|
|
| |
|
資料提供:松本市立博物館 |
|
| |
|
|
|
|
| |
現在のあめ市へ |
|
トップへ戻る |
|