《木曽馬の歴史》      
   木曽馬の起源については、定かではありませんが、紀元前一世紀頃、蒙古草原馬が、2、3世紀頃から朝鮮半島を南下して渡来し、5〜6世紀以降になると、馬の数は次第に増加し全国に分布していったと思われます。木曽馬の最古の記録として、安閑天皇の御代(530年代)元木曽の神坂村湯舟沢霧ヶ原に牧場が設けられたという記述がある事から、この頃から飼育が始められたと考えられています。その後、開発が進むにつれて奥地へと移動し、生産地が形成されました。
1180年木曽義仲挙兵の頃には、木曽馬は優れた馬として名声を高め、以後、徳川時代を通じて木曽馬は武士の象徴であり、交通運輸の担い手として日本文化の発展に貢献してきました。
     日本在来馬の分布
 北海道/北海道和種(道産子)
 長野県、岐阜県/木曽馬
 愛媛県/野間馬
 宮崎県/御崎馬
 鹿児島県/トカラ馬
 長崎県/対州馬
 与那国島/与那国馬
 宮古島/宮古馬
       
  《絶滅の危機そして復活》
  明治に入って山間地農耕馬として7,000頭にも達した木曽馬でしたが、その後、軍用馬として不適格であるのと理由で、国は外国種の種雄馬を導入して改良を推進し、とうとう18年を最後に木曽系種雄馬は最後の1頭まで淘汰されてしまいました。昭和21年、密かに残されていた純系木曽馬の雄馬をもとに復元と保護育成事業を開始し、昭和26年には名馬第三春山号が誕生しました。その後農業は機械化され、必要のなくなった木曽馬は、絶滅の一途を辿りはじめます。
しかし昭和44年木曽馬保存会が結成され、一時は50頭以下に減少してしまった木曽馬も年毎に頭数も増え、現在では木曽地域に70頭、全国では約100頭が保護育成されています。