| 「ソバ」は大きく「夏ソバ」と「秋ソバ」の2種類に分かれる。 「夏ソバ」と「秋ソバ」は、栽培と収穫の違いだけでなく、味も違う。 「そばは75日」といわれる程、種播きから収穫までの期間が非常に短い。 戸隠では、「夏ソバ」は5月下旬〜6月上旬に種を播く。7月上旬〜中旬には白い花がそば畑一面に咲き、7月下旬〜8月上旬には収穫される。 一方、「秋ソバ」は8月上旬〜中旬に種を播く。9月上旬から中旬には開花し10月中旬に収穫。そして、11月に“新そば”としてそば店に出てくる。 味、収穫とも、「秋ソバ」が「夏ソバ」を凌ぐ。そば店で“新そば”を売りものにする理由がここにある。 そばは痩せた土地に育ち、肥料は麦作を収穫した後の肥料でも育つという特質を持っている。戸隠でも、麻作の裏作として栽培され、もともとは焼畑農法によって作られていた。 現在そばはいろいろな所で栽培されている。その中で、なお戸隠そばが一級品としてその名を広めているのは、“霧下そば”といわれる良質のそばを産している為である。 “霧下そば”は今や良質なそば粉の代名詞になっているが、本来は昼夜の気温差が激しく、霧が発生する場所でとれたそばだけを指す。こうした条件で育ったそばは実が締まって、タンパク質やグルテンに富んだうまいそばができ上がる。 戸隠はまさに、そうした条件の場所なのである。戸隠では、標高1000m辺りの火山灰地帯にそば畑が広がる。この辺りになると昼と夜の気温の差が激しく、夏でも霧に覆われた状態になる。これがそばには良い条件となり、味も香りも色も優れた“霧下そば”が生み出されるのである。 |
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戸隠そばの歴史は遠く平安時代にさかのぼります。 当時の戸隠は霊験あらたかな山岳密教の修行場として広く知られ、 その修験者たちの携帯食の一つとしてそばが珍重されていました。 当時は実をつぶして食べたり、粉をお湯に溶いた「そばがき」と呼ばれるような食べ方がほとんどでした。 現在のような「そばきり」の技が伝わったのは江戸の寛永寺から と言われていますが、宝永6年(1709年)戸隠神社の祭礼には 「そばきり」を用いたと記録されています。やがて遠来の賓客や戸隠講の人々に振る舞う料理として広がり、そば打ちの技を磨いて今日の「天下一品」と謳われる味を育て上げて来ました。 |
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| 戸隠では、ざるそばは特産品の「根曲り竹」を使ったザルに盛って供します。根曲り竹は繊維が細く粘り強いため、ざるを初め箕や篭色などの竹細工に打ってつけの素材です。戸隠では江戸時代の初期より盛んに作られ受け継がれてきた伝統工芸になっています。 ざるそばの盛り方も一般とは違い、一つまみずつをまとめる独特のスタイルをとります。この盛り方を「ぼっち」あるいは「ぼっち盛り」といい、一人前をぼっちに盛り分けて出すのが戸隠流となっています。箸で取りやすく、食べやすい。受け継がれてきたもてなしの心使いです。 |
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「神の里に湧く霊水」古くより修験者の霊場として知られてきた戸隠山、飯綱山。そば打ちに使用されるこの「霊水」は、たっぷりとミネラルを含んで清冽な湧き水となって流れ出ます。この水を使ってそばを打ち、ゆで、すすぎ冷ますことで、キリリと引き締まった歯ごたえの良い戸隠そばが出来上がります。そして、戸隠そばは伝統を受け継がれてきた極上の手打ちの逸品だということも戸隠そばを語る上で知っておいて頂きたい事です。
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