伝統的な「ふるさと祭り」は多くの場合、その起源は定かではない。野沢温泉の道祖神祭りもいつから行われたかは定かではないが、この祭りが行われた昔の場所にある碑には天保十巳亥年(1839年)とほられているところから、江戸の中期にはすでに盛大に行われていたと推察される。
爾来、星霜を重ねること160年。時は移り人は変われども祭りの伝統は守られてきた。
村人が何よりも大切にしてきたものは、信仰に裏づけられた「祭りのこころ」である。
最近「日本の三大火祭り」のひとつに数えられるのも、その規模の壮大さと伝承を崩さない民(風)俗的価値によるものであろう。古来、道祖神は「悪霊の進入を防ぎ旅人の安泰を守る神」とされ、別れ道や村の入口に祀られた。
『道の神』とゆうことから様々な解釈をされているが現在野沢温泉村周辺でおこなわれている小正月行事の「どんど」「道ろく人」「三九郎」「塞の神」などに共通するものがある。今この祭りは42歳と25歳の厄年の男衆が中心となり、野沢独特の社殿(木造の櫓)を建てる。前の年に子供を出産した家では感謝の意と子供の成長を祈願して燈篭(傘鉾)を奉納する。そして火元の家で古式にのっとり採火された火は松明に移された神殿を守る厄年の男たちと攻めるその他の村人の男たちの間で男らしい荒っぽい壮絶な攻防戦が約1時間半続く。
手締めの後、社殿に火を入れ、激しく燃える火が最高潮に達したとき、燈篭も燃やして火祭りが終わる。
この祭りは、平成6年5月に文化庁より重要無形民俗文化財に指定されました。

資料提供:野沢温泉村役場
高さ18mにも及ぶ5本のブナの粉を芯木にした巨大な「道祖神の社殿」

15日の夜、「火元」の家で火打ちによって点火された松明が道祖神神場に運び込まれると、いよいよ社殿をめぐる激しい攻防戦が始まります。

攻撃側はメラメラと燃え上がる松明を抱え次々と社殿めがけて突進、 守備側は自らの身を挺して燃え上がる松明をくい止める姿は、 ある種狂気にも思えるほどの激しさ!!

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道祖神火祭り風景