推古天皇十年に信州麻績の里(現在の飯田市座光寺)の住人 本多善光卿が、難波の堀から一光三尊の御本尊様をお迎えしたのが元善光寺の起源で、その後 皇極天皇元年にその御本尊様は現在の長野市へ遷座され、できたお寺が善光卿の名をとって「善光寺」と名づけられました。それから飯田の方の当山は勅命によって、木彫りで同じ御尊像が残され「元善光寺」と呼ばれるようになりましたが、仏勅によって「毎月半ば十五日間は必ずこの麻績の古里に帰りきて衆生を化益せん」というご誓願を残されたとのことで、長野の善光寺と飯田の元善光寺と両方にお詣りしなければ片詣りと昔から云われるゆえんであります。
前立本尊様の右手に結ばれた金糸は、やがて五色の善の綱となり、回向柱に結ばれます。柱に触れることで、人々は如来様と結縁されるのです。
間口十二間、奥行七間半の建物は西国三十三番の札所の観音様をお祀りして特別開帳のお詣りとお砂踏みができます。
今から1400年前、長野市の善光寺のできる前に善光卿が御本尊を難波の池より迎えてお祀りするとき、この臼の上に安置して供養せられること41年の長い間で、この臼から光明が輝いて居たので之を座光の臼と云い、元善光寺の霊宝であります。
お釈迦様が亡くなられた事を涅槃に入られたと申します。 その時の御姿を表わしたのがこの涅槃像であります。木彫りのこういう涅槃像は全国でも珍しいと云われますが、当山には二体あり、一体は文化財の指定を受けております。
先祖の御回向、家内安全、商売繁盛等の御祈願をお取次いたします。期間中、元善光寺では御回向、御祈願の法要が厳修されます。
座光の臼ほか宝物拝観料 1人200円 : 団体20人以上150円
季節行事
1月元旦祭:1月7日七草会:2月節分厄除け祭:3月彼岸会:9月彼岸会:10月〜11月菊花展